爆走兄弟レッツ&ゴー!!WGPについて(TV版)
 

これはアミノ監督が作り上げた前作の続編である。この年に映画が公開されたので、テレビ版のWGPは映画の宣伝も兼ねていたと思われる。

ところでWGPからは監督が変わった。アミノ監督が映画に行ってしまったからかどうかは分からないが、そのことにより作品の質が若干変わった。前作のような奥の深いテーマや大人へのメッセージはなかったが、子どもの視点から子どもの世界を描いてくれたことは評価したい。子ども向けレースアニメと割り切って見れば楽しめる。

WGPで使われたのは正しくはミニ四駆ではなく、ミニ四駆をベースにしたグランプリマシンである。見かけはミニ四駆と同じだが、GPチップというパーツが走りを学習するという設定の架空のマシンである。WGP(ミニ四駆世界グランプリ)自体も架空の競技だが、子どもたちにはサーキットレースを体感する楽しみを与えてくれた。チームを組んで世界を相手に戦うというのもまた魅力的だったようで、子どもらは一生懸命国とチーム名を覚えては楽しんでいた。WGPのおかげで下の息子は世界地図に興味を持ち、私まで勉強させられた。こんな教育的効果をあげてくれる番組も初めてだ(笑)。

レースシーンはWGPの目玉だったと思う。毎回よく工夫され、チーム戦ならではの戦略性を楽しませてくれた。バトルレーサーも悪い大人もいなくなったコースで伸び伸びと走るソニックの気持ちよさ(ロッソストラーダというのもありましたが、今はおいといて…)。後方から追い上げ、コーナーで華麗に抜き去る烈くんの走りには胸躍らせる高揚感がある。存分に走れてよかったね、ソニック。

なお、子ども向けのアニメとして見ればWGPとは「世界と戦うビクトリーズ」だが、視点を変えて見れば、子どもたちが子ども集団の中で互いに影響しあいながら成長していく物語にもなっている。だから私から見たWGPとは「烈くんのリーダー成長物語」…。いかにして彼が協調性のないチームメイトをまとめて、真のリーダーとしてチーム内での地位を確立していくかがポイント。烈くんには心から「お疲れ様」と言いたいです…。


考 察
 

爆走兄弟レッツ&ゴー!!という作品の面白いところは主人公が2人いることだろう。WGPもSGJC同様、豪の物語と烈の物語から成り立っている。ただ、SGJC編では烈と豪が協力しあうことが多く、それほど際立って烈サイドと豪サイドに話が分かれてはいなかったと思う。むしろSGJCを構成していたのは、土屋博士vs大神博士の「大人のレツゴー」と烈&豪の「子どものレツゴー」の二重構造であったと思う。だが烈と豪が大人を乗り越えることにより、WGPでは物語から「大人」というファクターが無くなった。その分、SGJC時代より烈サイドと豪サイドの物語が際立って見えてくるようになったのかもしれない。TV版WGPとは「子どもだけの世界」なのだから。WGPで若干作品の質が変わったように感じられるのは監督の交代だけでなく、それもあるかもしれないと思う。

WGPを豪サイドから見ると、SGJC同様単純な子ども向けレース物語であるように思える。豪は派手に活躍し、子どもたちの期待には充分応えただろうと思う。ただ、よく見ると豪のレツゴーはSGJCほどすっきりと終結してはいない気がする。例えば最終回。何故ゴールの瞬間を見せてもらえなかったのだろう。演出としては悪くないのだが、子ども向きとして考えれば、ちょっと難解な終り方だ。他にも謎はある。事実上のクライマックスに当たるはずのファイナルステージで、豪はこれといった活躍をしていない。ミハエルとの勝負もうやむやに終っているし、カルロとの決着も不明なまま。豪のレツゴーは最終的に「トップでゴールして勝つ」から「楽しんで走ろう」へと変化して終る。だが加戸監督がアニメ誌などで語っているところを見る限りではそれが言いたかったことのようなので、これはこれでいいのかもしれない。

ところが同じWGPでも烈サイドから仕切りなおして見ると、豪サイドとは全く違うストーリーが見えてきて驚く。この辺りがTV版WGPの面白いところだ。詳しくはWGP日記に書いてあるが(大胆な解釈をしているところもありますが、そう外してもいないと思う…^^;)、物語を丁寧に検証していくと、むしろ一見地味な烈サイドの方が話としてはまとまっている感じがする。だけど考えてみればそれはそうかもしれない。何故ならば、WGPの真の主人公は豪ではなく、烈なのだから。

烈が主人公だというのは、実は主題歌の使われ方を見れば一発で明白なのだが、何故TVではそうなってしまったのだろう? 原作では豪が主人公なのに。それはSGJC編が原作と違う展開をしたため、続きにあたるWGPでも原作とは違わざるを得なかったからだろうと思う。前作の考察でも少し触れているが、アニメ版レツゴーとは子どもの成長の物語でもある。具体的にはマシンの変化を通して、兄弟がそれぞれに自分の道をみつけ独り立ちしていく過程を描いたのがSGJC編である。だからWGPではSGJCからの続きものとしては烈に焦点を当てたストーリー構成になっており、豪サイドは特にストーリーの流れを意識せずとも楽しめる1話単位の子ども向きレースものとして作られているようである。

WGPを烈のリーダー成長物語という視点から捉えると、テーマも豪サイドとは違って「仲間と友情」になる。ミニ四駆ものとしても破綻しておらず、SGJCで培われた烈のミニ四レーサーとしての基本姿勢が全編に渡って貫かれており、それが物語を支える柱になっている。ただ一見したところは豪の活躍が派手なので烈サイドの物語を読み解くのは実は難しいのだが、挑戦してみる価値はある奥の深~い物語であります。なお、最終話の土屋博士とデニス監督の会話は豪サイドのテーマを言うためのエピソードだと思われるので、私のレツゴー日記では割愛しました。ホントはテーマをあそこまで言葉で説明してはいけないと思うけど、豪サイドは子どもに向けて作られているから、分かりやすいようにしたんでしょうね。

どちらにしても、豪サイドも烈サイドも難しいテーマはないのがWGP。その代わり、個性あふれる子どもたちを様々に描いてくれている。どの子が正しくてどの子が間違っているというものではない。大切なのは「自分で選ぶ」ことだ。互いに影響を受けながら少しずつ成長し、変化していく子どもたちの様子を2年かけてじっくりと描いてくれたのがアニメ版爆走兄弟レッツ&ゴー。ただ、監督により作品全体のテーマは違ってきたが、烈自身が紡いできた「烈の物語」のテーマは2年間を通してどこも変わっていない。思えばこの2年間、土屋博士、大神博士、WGPと大人の都合に振り回されながらも、変わらぬ自分を貫き通した烈くんに私は心からの拍手を送りたい。


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